もう一つの連合軍墓地



通常なら6,7年掛かると言われていたところ、わずか1年強でで400kmもの鉄道路線を完成させた第2次大戦時の日本軍

その事実は我々日本の歴史の教科書には出てくることはないが、タイではそれだけの教科書が存在してもいいくらい今にもつながる史実

無理のある建設計画は無謀な人海戦術に繋がり、劣悪な環境の下強制労働させられた労働者の方は次々に病や飢餓で倒れ、その犠牲は10万人近くにのぼったと言う

大量虐殺とも言える建設作業で作られた鉄道はいつしか『死の鉄道』と呼ばれ、その犠牲者はここチョンカイ墓地でも現在も静かに眠っている

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さて冒頭で『ここにも』と書いたのは、実は泰麺鉄道における犠牲者墓地はカンチャナブリ市街にある方が超絶有名

まあ敢えて検索する方はよほどのマニアと推測されるが、泰麺鉄道・墓地と探ると必ずそちらがヒットする

そのためこちらの方はほぼ知名度は無いが、その分人も少なくより神妙な気持ちで参拝が出来るかもしれない

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ここは大戦当時チョンカイ捕虜収容所と呼ばれ、鉄道の建設中に使用された主要な収容所の1つであった

当時の収容所の中には、捕虜によって建てられた病院と教会の両方があり小さなコミュニティが作られていたと言う
 
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「1941年12月、日本が第二次世界大戦に参加した後際、日本軍はすぐに東南アジアの領土の大部分を占領

翌1942年、サイアム(現在のタイ)とビルマ(現在のミャンマー)間の輸送ルートを確保し西側へ移動をスムーズにさせるため、東側のバンポンよりタンユサヤドまでの鉄道建設を決定しました

この鉄道の建設はビルマ側とタイ側で同時に始まり、最終的になんと翌年の1943年10月に完成にこぎつけます

鉄道の建設により、さまざまな病気、栄養失調、また日本軍による虐待(軍は否定)により、約15,000人の捕虜と10万人の民間人が死亡したとされています」

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日本人としては目を背けてはいけない事実であり、本来ここへ来るのも気が引けるのだが、過去の過ちを知り、同じ過ちを未来につなげない事が大切

カンチャナブリに来られたら是非立ち寄り、日本人として追悼の意を表しておこう

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7ライ(約11万m2)の土地に整然と墓標が並ぶ

敷地は綺麗に手入れされ気持ちのいい公園の様にもなっており、故人を偲ぶ思いが風景になっている

イギリス連邦1,450人と300人のオランダ人の計1,750人が眠っているが、この方々のほとんどがここの捕虜収容所にて自身達が建てた病院内でお亡くなりになった

そのままこの地に埋葬され、いつしか墓地として整備されることとなる

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墓標には名前とともに年齢
ほぼ20代の若者ばかりとなってる

実は日本でも昭和20年代の男子の平均寿命はなんと23.9歳であったと言う

そのような数字は戦争の悲惨さを具体的に表しているといえよう

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墓標に名前があればまだいい方で、名も知らない無縁仏は『一兵士』として埋葬される


枕木一本、死者一名

と揶揄された鉄道建設で出た犠牲者は、そのまま埋められたりクウェー川に捨てられたりと、信じれない葬り方をされた方も多いという


尚、この墓地は現在コモンウェルス戦争墓地委員会(Commenwealth War Garves Commission)という戦争墓地を管理する国際団体によって維持されている

ちなみにこの組織は大戦中に戦没したイギリス連邦諸国の民間人の追悼を行っており、世界にある約150の墓地と記念碑を管理している組織

連邦では約170万人の戦争犠牲者が出たと言われている

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たまにはこういった場所で、歴史と向き合うのもいいかもしれません

全ての犠牲になった方々のご冥福をお祈りいたします










PLACE DATA

Chong Kai Allied War Cemetery
สุสานทหารสัมพันธมิตรช่องไก่

参拝時間 : 8:00-17:00
参拝料金 : 無料
電話   : -
H.P.    : 






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