5つの街角チェディーをお遍路してみよう!
カンチャナブリ県ノンカオ地区
カンチャナブリ市街より30分ほど北東に離れた地域であり、スパンブリ県境に近い地域
この地区はかつてウートン王国が栄えていた地域で、当時の繁栄を示す遺跡が数多く残されています
それなりに残っているところは、それなりに整備されますが、母体が無く一部のみが残ったものは撤去されるか街に溶け込む形で余生を過ごしているケースがほとんど
そんな『街角ぽつんと遺跡』は僕の大好物
しかもそれがいくつかあるとすれば、行かない理由が見当たらない
という事で至急現地に飛ぶとしましょう
レッツ――ヽ(@,,>∀<)ノ――ゴォォ♪

どこもかつてはそれなりのお寺にあったチェディ(仏塔)達
だがアユタヤ王朝時にビルマ軍の軍事拠点でもあったこの地域の寺院たちは、戦争時の破壊や略奪でことごとく崩壊していきました
そんな中生き残ったチェディー
そういった目で見ると、街に溶け込む彼らも趣深く見えてくるかもしれません
(・∀・)
それでは早速お遍路開始!
行ってみましょう!
ワット・タナカン
この界隈にはかつて3つのチェディが残っていましたが、都市開発により現在ではこのチェディのみが残っています
ロータス柄のベースの上に四面型の塔がそびえる形
かつては漆喰等で装飾されていたと思われますが、今は見る影もなさそうです



比較的大きなこのチェディーはパノムトゥアン地区の中心部にあるので、礼拝に来られる方も多い模様
印象的な虎のルーシーさんの前には多くの供物が並んでいました
街かどにこんな風景があるのがタイ
ビッグネームのお寺よりこういった街角寺院の方が面白いかもですよ
( ̄ー ̄)



5万人に一人くらい、見に行きたくなっちゃう方がいらっしゃるかもしれないので、一応地図を貼っておきましょう
写真データはこちらより
ワット・ランチャン
ワット・タナカンより南へ約10km
国道324号線上にこれまたぽつんと存在しています
サイズが小さい事もあり、ぽつん度合は先ほどのワット・タナカンをはるかに凌駕する雰囲気
だが参拝者の供物は似たような物量となっていました


この塔はアユタヤ王朝時代に建てられ、12種類の漆喰石が使われました
この当時貯水池を作る際、地鎮塔を建てて掘削するのが一般的であり、これもその手の塔だったようです
その際ワット・ラン・チャンとして神殿も建立されましたが、ビルマ軍の行進により塔を残し後は破壊されてしまった歴史を持ちます


よく考えたら月間PV20程度のこのブログに5万人も見に来ているはずがないですね
(ノд・。) グスン
でもなんとなく地図を貼っておきますよ
写真データはこちらより
ワット・ボース
ノンカオ・コヴィット・ピッタヤコムという小学校内にあるので、辿り着くのは少々困難
また学校内なので場合によっては入れない場合もあるかもです
それゆえここのぽつん度合いも他の追随を許していません



まあ平日にはきっと子供たちに囲まれ賑やかなのでしょう
ただ、小学生ゆえ供物があるかと言えばたぶん期待できませんね・・
ゆえにこのチェディが供物で溢れる事はないかもです



わざわざカンチャナブリまできて、且つ入れるか分からない小学校内のチェディを見に来る特異な方はまずいらっしゃらないと思いますが、一応地図を貼っておきますよ
仮にこれを見て見学に行ってしまった方は是非ご一報を
.。゚+.(・∀・)゚+.゚
どんな方か興味があるので飲みに行きましょう!
写真データはこちらより
3つのパコダ
名前的にはこのような記載となっているチェーディー
名の通り3つのレンガと石膏で出来ている大小チェディーが並んでいます
地元民からは『ドンプラチェディー』と呼ばれていますが、いつ誰が建てたかは分かってはいません
一時はその場所から、後述するバンドンチェディーとの関連が調査されましたが、関連性は発見されなかったといいます



『シンハベース』と言われる多角形の土台には一部装飾が残っているのが興味深い
ここは元はジャングルの中でこのチェディーの存在は、住民の中でもごく一部の方しか知らなかったようです
その為、かつて調査団がこのチェディーに行こうと案内を頼んだのですが、頼まれた住民が実はよく分かっておらず、辿り着けなかったとの記録も残っています
今はすっかり整備され大変見やすくなっています
ここがかつてジャングルだったなんて想像も出来ません




写真データはこちらより
最後はバンドンチェディー
街角チェディーとはちょっと言い難いですが、公園内にポツンとあるのは状況は同じ
先ほどの3チェディーより300mほど離れた位置に建っています
その昔誰かの弔いの為にチェディーを建てる事がよくありました
これはアユタヤ王朝ではよく見られた文化で、なんとこのチェディーはあのアユタヤ王朝21代王ナーレスアン大王の弔いチェディーでは?との説があるようです



実は同じくスパンブリにもナーレスアン大王チェディーがあると主張している地域が存在
日本の邪馬台国がどこのにあったか説と同じような展開ですかね
(・∀・)つ
周りから出てきた遺物からこのチェディーの方が可能性は高いようなのだが、現在もその確証を得られる程の証拠は出てきてはいないようです



写真データはこちらより
ぽつんと遺跡はアユタヤやスパンブリ等、かつて王朝があった地域によく見られるもの
なぜでしょう?
そんな遺跡が超絶魅力的に映りますね
(′∀`)
なるべくたくさん見行きたい!
毎週末が秒単位のスケジュールになるわけですな・・
( ̄ー ̄)ニヤリ
▼ブログ村のランキング参加中です
ここをポチっと押して頂けるとすごくうれしいです♬
↓ ↓ ↓

にほんブログ村
▼かかしさんって誰?という方
インスタグラムではたまに顔出ししてます♡

フォローしちゃいます?.。゚+.(・∀・)゚+.゚
▼You Tube チャンネルもあったりして
登録するといい事あるかも ヾ(〃^∇^)ノ♪
カンチャナブリ県ノンカオ地区
カンチャナブリ市街より30分ほど北東に離れた地域であり、スパンブリ県境に近い地域
この地区はかつてウートン王国が栄えていた地域で、当時の繁栄を示す遺跡が数多く残されています
それなりに残っているところは、それなりに整備されますが、母体が無く一部のみが残ったものは撤去されるか街に溶け込む形で余生を過ごしているケースがほとんど
そんな『街角ぽつんと遺跡』は僕の大好物
しかもそれがいくつかあるとすれば、行かない理由が見当たらない
という事で至急現地に飛ぶとしましょう
レッツ――ヽ(@,,>∀<)ノ――ゴォォ♪

どこもかつてはそれなりのお寺にあったチェディ(仏塔)達
だがアユタヤ王朝時にビルマ軍の軍事拠点でもあったこの地域の寺院たちは、戦争時の破壊や略奪でことごとく崩壊していきました
そんな中生き残ったチェディー
そういった目で見ると、街に溶け込む彼らも趣深く見えてくるかもしれません
(・∀・)
それでは早速お遍路開始!
行ってみましょう!
Wat Thanakan / วัดทานกัณฑ์
ワット・タナカン
この界隈にはかつて3つのチェディが残っていましたが、都市開発により現在ではこのチェディのみが残っています
ロータス柄のベースの上に四面型の塔がそびえる形
かつては漆喰等で装飾されていたと思われますが、今は見る影もなさそうです



比較的大きなこのチェディーはパノムトゥアン地区の中心部にあるので、礼拝に来られる方も多い模様
印象的な虎のルーシーさんの前には多くの供物が並んでいました
街かどにこんな風景があるのがタイ
ビッグネームのお寺よりこういった街角寺院の方が面白いかもですよ
( ̄ー ̄)



5万人に一人くらい、見に行きたくなっちゃう方がいらっしゃるかもしれないので、一応地図を貼っておきましょう
Wat Rang Chan / วัดรางจั่น
ワット・ランチャン
ワット・タナカンより南へ約10km
国道324号線上にこれまたぽつんと存在しています
サイズが小さい事もあり、ぽつん度合は先ほどのワット・タナカンをはるかに凌駕する雰囲気
だが参拝者の供物は似たような物量となっていました


この塔はアユタヤ王朝時代に建てられ、12種類の漆喰石が使われました
この当時貯水池を作る際、地鎮塔を建てて掘削するのが一般的であり、これもその手の塔だったようです
その際ワット・ラン・チャンとして神殿も建立されましたが、ビルマ軍の行進により塔を残し後は破壊されてしまった歴史を持ちます


よく考えたら月間PV20程度のこのブログに5万人も見に来ているはずがないですね
(ノд・。) グスン
でもなんとなく地図を貼っておきますよ
Wat Both / วัดโบสถ์
ワット・ボース
ノンカオ・コヴィット・ピッタヤコムという小学校内にあるので、辿り着くのは少々困難
また学校内なので場合によっては入れない場合もあるかもです
それゆえここのぽつん度合いも他の追随を許していません



まあ平日にはきっと子供たちに囲まれ賑やかなのでしょう
ただ、小学生ゆえ供物があるかと言えばたぶん期待できませんね・・
ゆえにこのチェディが供物で溢れる事はないかもです



わざわざカンチャナブリまできて、且つ入れるか分からない小学校内のチェディを見に来る特異な方はまずいらっしゃらないと思いますが、一応地図を貼っておきますよ
仮にこれを見て見学に行ってしまった方は是非ご一報を
.。゚+.(・∀・)゚+.゚
どんな方か興味があるので飲みに行きましょう!
Tree Ancient Pacoda / พระปรางค์สามองค์
3つのパコダ
名前的にはこのような記載となっているチェーディー
名の通り3つのレンガと石膏で出来ている大小チェディーが並んでいます
地元民からは『ドンプラチェディー』と呼ばれていますが、いつ誰が建てたかは分かってはいません
一時はその場所から、後述するバンドンチェディーとの関連が調査されましたが、関連性は発見されなかったといいます



『シンハベース』と言われる多角形の土台には一部装飾が残っているのが興味深い
ここは元はジャングルの中でこのチェディーの存在は、住民の中でもごく一部の方しか知らなかったようです
その為、かつて調査団がこのチェディーに行こうと案内を頼んだのですが、頼まれた住民が実はよく分かっておらず、辿り着けなかったとの記録も残っています
今はすっかり整備され大変見やすくなっています
ここがかつてジャングルだったなんて想像も出来ません




Ban Don Chedi / โบราณสถานบ้านดอนเจดีย์
最後はバンドンチェディー
街角チェディーとはちょっと言い難いですが、公園内にポツンとあるのは状況は同じ
先ほどの3チェディーより300mほど離れた位置に建っています
その昔誰かの弔いの為にチェディーを建てる事がよくありました
これはアユタヤ王朝ではよく見られた文化で、なんとこのチェディーはあのアユタヤ王朝21代王ナーレスアン大王の弔いチェディーでは?との説があるようです



実は同じくスパンブリにもナーレスアン大王チェディーがあると主張している地域が存在
日本の邪馬台国がどこのにあったか説と同じような展開ですかね
(・∀・)つ
周りから出てきた遺物からこのチェディーの方が可能性は高いようなのだが、現在もその確証を得られる程の証拠は出てきてはいないようです



まとめ
ぽつんと遺跡はアユタヤやスパンブリ等、かつて王朝があった地域によく見られるもの
なぜでしょう?
そんな遺跡が超絶魅力的に映りますね
(′∀`)
なるべくたくさん見行きたい!
毎週末が秒単位のスケジュールになるわけですな・・
( ̄ー ̄)ニヤリ
▼ブログ村のランキング参加中です
ここをポチっと押して頂けるとすごくうれしいです♬
↓ ↓ ↓
にほんブログ村
▼かかしさんって誰?という方
インスタグラムではたまに顔出ししてます♡
フォローしちゃいます?.。゚+.(・∀・)゚+.゚
▼You Tube チャンネルもあったりして
登録するといい事あるかも ヾ(〃^∇^)ノ♪
スポンサードリンク


























