学校に残る戦時中の日本の欠片
ラチャブリ県バーンポーン地区
建設時に数万人の犠牲者を出した死の鉄道、泰麺鉄道の起点都市であるこの地域はラチャブリ県北部の最栄都市になっている
泰麺鉄道はかつて日本軍が造った事から、この地には戦時中慰安所もあった程多くの日本兵が闊歩していた地域
それゆえにこの街を探ると、色々な日本の欠片を見つけることが出来る
このお寺さんにもそのひとつ、日本人慰霊碑が存在しているのだが、残念ながらその事実はあまり知られてはいない様だ

知られていないのなら、早速見に行ってみよう!
レッツ――ヽ(@,,>∀<)ノ――ゴォォ♪
バンコクより1時間半
まず入り口は何の変哲もない地元のお寺といった雰囲気となっている


さてまずはぐるっとしてみましょ
やたらとお墓的なオブジェが目立つお寺さん
実は慰霊碑があると言った情報はタイ人サイトより見ているので、これのどこに当たるのかがよく分からない
というより、そもそもこれがそうなのだろうか・・?
さて困りましたな・・
(´・ω・`)


元々この地域には日本軍の鉄道建設事務所と捕虜の収容所があり、最終的に3,175人の日本兵がこの界隈にいたと記録されている
そんな中語り継がれている逸話をひとつ
戦時中このお寺さんの中で捕虜に煙草を渡したとの事で、ひとりの日本兵がここの僧に対し暴力を振るったという
敬虔な仏教徒のタイ人にとって僧侶に手を上げるなど言語道断
鉄道建設に従事してたタイ人はこの話を聞いて反発、この抵抗はなんと銃撃戦にまで発展してしまった

この事件は軍事裁判にかけられるが、最終的に煙草を捕虜に渡した僧が悪いとされ彼には終身刑を、さらにタイ側が日本側に賠償金を支払う事で決着となった
さて、なんて話を回顧しているうちに一周回ってしまいましたよ
慰霊碑はどこにあったのかしら?
(・・?
仕方が無い
その辺にいらっしゃる僧侶に聞いてみよう
まさか、先の事件を持ち出して謝罪と賠償を要求してこないよね・・
(((( ;゚д゚)))


連れて来られてのはこの慰霊碑
ん?
これが日本人慰霊碑・・?
よく分かりませんね
・・と思ったらなんと後ろの壁に日本の欠片がありましたよ
『ひたちなか市勝田遺族会』
なんと!Σ(・ω・ノ)ノ
日本の一自治体が建立したもののようですな
にしても勝田遺族会ってなんでしょう??



その後ネット調べるも勝田遺族会なる組織の情報は不明でした
これをご覧になっている遺族会会員の方は是非情報をお寄せください
m(*_ _)m
さていいもの見れたわ♡
と帰ろうとしたときに先ほどの僧侶
『兄さん、帰るのはこれを見て行ってからにしな』
と言わんばかりの雰囲気で僕を隣の学校へと誘う
ん?
なんでしょう
僧侶にナンパをされるのはこれで3回目だが、毎度の事ながらドキドキが止まらない
( ̄ロ ̄|||)



途中でこの学校の職員さんと思われる方と引継ぎ
僕の身柄は彼女に引き渡された
何をおっしゃているかよく分からないのだが、黙ってついていくと特別教室の様なところに通される
なんと! ここにも日本の欠片ですよ、奥さん
Σ(・ω・ノ)ノ
なにやらいかにも古い写真と戦時中の保護帽
この方は一体誰かしら??



この写真の裏にはこれまた趣のある手紙が添付されている
紐解くとこの方は木田敏男さんなる方
ところどころ切れているので正確ではないが、手紙には彼の戦争時の軌跡が綴られていた
一体なぜこれがこんなところに?
この二人のお姉さんが案内人さん
ではちょっと聞いてみよう
ーナゼ、ココニコンナモノガ、アルノデスカ?
『知りません』
やっぱりこの学校の理事長クラスで無いと、知る由もないでしょうな
逆に日本人が来たのでチャンスと思ったのか、執拗にこの手紙にはなんて書いてあるんだ?と聞かれました・・
いや
もちろん日本語は得意なので分かりますよ
ただすみませんが、それをあなた方に伝授する術を保有してないんですよ・・
(≡ω≡.)


僕が日本人記念碑を聞いたので、僧侶はこちらも紹介してくれたようですね
対応して頂いたお姉さんにも感謝です
最後にお願いは、勝田遺族会の木田敏男さんをご存じな方がいらっしゃいましたら、是非ご一報ください
いろいろお伺いしたいことがございますので
(。-∀-) ニヒ
尚、日本兵と僧侶の裁判においてタイが支払った賠償金は、そっくりそのまま寄付と言う形でタイ側に戻されたそうですよ
やるねえ、ニッポン
( ´∀`)bグッ!
すべての写真はこちらより
↓ ↓ ↓

TEMPLE DATA
参拝時間 : -
参拝料金 : 無料
電話 : +6656125723
H.P. : -
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ラチャブリ県バーンポーン地区
建設時に数万人の犠牲者を出した死の鉄道、泰麺鉄道の起点都市であるこの地域はラチャブリ県北部の最栄都市になっている
泰麺鉄道はかつて日本軍が造った事から、この地には戦時中慰安所もあった程多くの日本兵が闊歩していた地域
それゆえにこの街を探ると、色々な日本の欠片を見つけることが出来る
このお寺さんにもそのひとつ、日本人慰霊碑が存在しているのだが、残念ながらその事実はあまり知られてはいない様だ

知られていないのなら、早速見に行ってみよう!
レッツ――ヽ(@,,>∀<)ノ――ゴォォ♪
バンコクより1時間半
まず入り口は何の変哲もない地元のお寺といった雰囲気となっている


さてまずはぐるっとしてみましょ
やたらとお墓的なオブジェが目立つお寺さん
実は慰霊碑があると言った情報はタイ人サイトより見ているので、これのどこに当たるのかがよく分からない
というより、そもそもこれがそうなのだろうか・・?
さて困りましたな・・
(´・ω・`)


元々この地域には日本軍の鉄道建設事務所と捕虜の収容所があり、最終的に3,175人の日本兵がこの界隈にいたと記録されている
そんな中語り継がれている逸話をひとつ
戦時中このお寺さんの中で捕虜に煙草を渡したとの事で、ひとりの日本兵がここの僧に対し暴力を振るったという
敬虔な仏教徒のタイ人にとって僧侶に手を上げるなど言語道断
鉄道建設に従事してたタイ人はこの話を聞いて反発、この抵抗はなんと銃撃戦にまで発展してしまった

この事件は軍事裁判にかけられるが、最終的に煙草を捕虜に渡した僧が悪いとされ彼には終身刑を、さらにタイ側が日本側に賠償金を支払う事で決着となった
さて、なんて話を回顧しているうちに一周回ってしまいましたよ
慰霊碑はどこにあったのかしら?
(・・?
仕方が無い
その辺にいらっしゃる僧侶に聞いてみよう
まさか、先の事件を持ち出して謝罪と賠償を要求してこないよね・・
(((( ;゚д゚)))


連れて来られてのはこの慰霊碑
ん?
これが日本人慰霊碑・・?
よく分かりませんね
・・と思ったらなんと後ろの壁に日本の欠片がありましたよ
『ひたちなか市勝田遺族会』
なんと!Σ(・ω・ノ)ノ
日本の一自治体が建立したもののようですな
にしても勝田遺族会ってなんでしょう??



その後ネット調べるも勝田遺族会なる組織の情報は不明でした
これをご覧になっている遺族会会員の方は是非情報をお寄せください
m(*_ _)m
さていいもの見れたわ♡
と帰ろうとしたときに先ほどの僧侶
『兄さん、帰るのはこれを見て行ってからにしな』
と言わんばかりの雰囲気で僕を隣の学校へと誘う
ん?
なんでしょう
僧侶にナンパをされるのはこれで3回目だが、毎度の事ながらドキドキが止まらない
( ̄ロ ̄|||)



途中でこの学校の職員さんと思われる方と引継ぎ
僕の身柄は彼女に引き渡された
何をおっしゃているかよく分からないのだが、黙ってついていくと特別教室の様なところに通される
なんと! ここにも日本の欠片ですよ、奥さん
Σ(・ω・ノ)ノ
なにやらいかにも古い写真と戦時中の保護帽
この方は一体誰かしら??



この写真の裏にはこれまた趣のある手紙が添付されている
紐解くとこの方は木田敏男さんなる方
ところどころ切れているので正確ではないが、手紙には彼の戦争時の軌跡が綴られていた
一体なぜこれがこんなところに?
この二人のお姉さんが案内人さん
ではちょっと聞いてみよう
ーナゼ、ココニコンナモノガ、アルノデスカ?
『知りません』
やっぱりこの学校の理事長クラスで無いと、知る由もないでしょうな
逆に日本人が来たのでチャンスと思ったのか、執拗にこの手紙にはなんて書いてあるんだ?と聞かれました・・
いや
もちろん日本語は得意なので分かりますよ
ただすみませんが、それをあなた方に伝授する術を保有してないんですよ・・
(≡ω≡.)


僕が日本人記念碑を聞いたので、僧侶はこちらも紹介してくれたようですね
対応して頂いたお姉さんにも感謝です
最後にお願いは、勝田遺族会の木田敏男さんをご存じな方がいらっしゃいましたら、是非ご一報ください
いろいろお伺いしたいことがございますので
(。-∀-) ニヒ
尚、日本兵と僧侶の裁判においてタイが支払った賠償金は、そっくりそのまま寄付と言う形でタイ側に戻されたそうですよ
やるねえ、ニッポン
( ´∀`)bグッ!
すべての写真はこちらより
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TEMPLE DATA
Wat Don Toom
วัดดอนตูม
参拝時間 : -
参拝料金 : 無料
電話 : +6656125723
H.P. : -
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文中の:ひたちなか勝田遺族会:ですが、私の出身地茨城県水戸市の隣の市です。1994年までは、茨城県勝田市でしたが、合併により、隣の那珂湊市と一緒になり、ひたちなか市になりました。遺族会は色々調べましたが分かりません。ただ、泰面鉄道建設には千葉県習志野市にあった鉄道5連隊が担当しました。(現在千葉工業大学になっている所です。
以上