ラックムアン หลักเมืองをお遍路しよう!



ラック・ムアン

タイの県庁所在地や主要都市で見られる『柱』や『神々』になります

チャオポー・ラックムアン เจ้าพ่อหลักเมืองという土地の神様を祀るもので、通常サーンチャオ ศาลเจ้าと呼ばれる社の中に建っています

重要な都市を作る際に建立される風習で、始まりはラーマ1世がトンブリから今のワット・プラケオのあたりへ遷都した時が始まりと言われています

都市の最初に建立される場合が多いため、その社は一線を画す豪華な場所が多くどの都市もなかなかの見応え

また中華風の文化を取り入れている都市もあり、その土地土地で多様なスタイルを見る事が出来ます


”多様なスタイル”は僕に制覇される宿命を負います
という訳で今回も『バンコク半径2時間制覇シリーズ』

バンコク半径2時間以内のすべてのラックムアンを制覇してみましたので、順にご紹介していきましょう!

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さてバンコク半径2時間以内にはなんと18もの県が存在

そんな数を一気に紹介してしまうと、途中で睡眠に入る方が続出する事でしょう

という事で地域別3回に分けてお話していきます

途中で寝ないようについて来てくださいね

ではレッツゴー!
(´∀`○)イッテミヨーーー!! 







 01 バンコク都


言わずと知れたタイ初のラックムアン

現在の王朝の初代王、ラーマ1世が1782年4月21日午前6時45分に建立しました

流石に首都を代表するものとして他県のそれを凌駕する立派さです

ラック・ムアンで検索すると必ずここがヒットし、タイ人にラックムアンについて尋ねても、ここの事しかご存じない方も多いです

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柱は短長2本ありますが短い方が先で1852年12月5日にラーマ4世により長い方が建立されています

何もなかったこの地に最初に建てられた柱は、さぞや殺風景な風景にそびえていたことでしょう

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観光客のみならず地域の方の参拝者も後を絶ちません


にしても分単位で建立の時が決まっているのはすごい事ですね

超重要な建国という一大イベントを全うさせるには、占星術の下にいい日時に頼ってしまうのも無理はないのでしょう

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下記公式Web Site





 02-1 サムットプラカーン県パクナム市


城隍廟と言う社の中に、城隍神と言う道教における土地の神様祀られています

完全に中国風の廟になっており、他の都市と少々雰囲気が違いますね

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ここはサンチャオポー神社(ศาลเจ้าพ่อ )とも呼ばれていて、父なる神社と言う意味だそうです

またこのチャオポーは城隍神をタイ語で表しています

城隍神も柱もどちらも同じ土地の守護神

タイにはいろいろな都市を護る神様がいらっしゃるんですね

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 02-2 サムットプラカーン県プラプラデン市


ここも中華系寺院となっているラックムアンです

1815年6月2日に建立されました

県のモノではなくプラプラデンと言う市のもののようですね

人々でごった返す市場の中にぽつんとあり、ほとんど目立ちませんが何気にタイ初のガネーシャ神神社でもあるようです

ガネーシャ神とはヒンドゥー教の神の一人で、頭が象さん異になっていてよくピンク色で巨大化される神様ですね

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この神社には日本人にまつわる逸話があります
太平洋戦争で敗戦した日本軍は当時この界隈にも兵士の残党が残っていました

そこにタイへ侵攻をしかけていたフランス軍が爆弾を投下します

地元のタイ人は日本兵をこのラックムアンへとかくまい一緒に無事を祈りました

するとその祈願が通じこのラックムアンのある界隈において、爆弾は一つも落ちなかったとの事です

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結局サムットプラカーン県は県としてのラックムアンは発見出来ませんでしたネ

知っておられる方、コメントで教えてください~
*_ _)ペコリ





 03 サムットサコーン県


ミニ屋根折り畳み電車市場でおなじみの国鉄マハチャイ駅付近にあります

マハチャイは漁港があることから水産物の市場が広がっている地域です

この付近の漁師は漁に出る前に安全を祈願しにこのラックムアンを訪れ爆竹を鳴らすのが習わしなのだそうです

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サムットサコーン県はラーマ4世によって、全身のサコンブリ市からムアンサムットサコーンという名に変えられたのが始まり

ターチン川という大きな河川は先ほど触れた漁業の豊穣に一役買っているそうです

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ラックムアンの柱は『男性のアレ』を表してもいます

ヒンドゥー教におけるリンガ(男性器)信仰が元になっており、五穀豊穣を祈るそうですね

おち〇ちんだったなんて、ちょっと意外ですね
((w´ω`w))テレッ

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 04-1 ノンタブリ県


『喜びの街』と言う意味のノンタブリ県

かつてはバンコク都の一部であったのですが、1940年代に県として独立する形となりました

社はタイ風の四角いパビリオンになっています。

柱は縁起の良い木でできており頂上部分に彫られている蓮のつぼみの形が印象的です。

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社の外にも柱が立っており、色彩豊かな祈願布を巻くのが習わしです。

ある程度巻かれたら係りの方が無情にも取り外していたのが印象的でしたね。
(^_^;), 

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 04-2 ノンタブリ県(旧)


クロンオムの河口にあるここがノンタブリ県の旧ラックムアンです
ナーライ大王の治世中の1665年に建立されました

1549年アユタヤ王朝期、この界隈にはバン・タラート・クワンという主要都市がありました

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その後チャオプラヤ川より攻められやすい地形のバン・タラート・クワンを危険に感じたナーライ大王により、主要部はここのオム川河口へ移転されます

都市の安全を守るために、移転と同時に要塞とラックムアンをこの地に建立したそうです

建立の際にはプララックムアン、プラスエアムアン、プラソンムアンの3人の神を召喚する儀式を行いました。

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 05 パトゥムタニ県


1978年8月23日に建立されたラックムアンはパトゥムタニー県の県庁前に純白の社の中に建っています

1978年3月24日金曜日の午前8時29分とその日の午後8時29分聖なる油がそそがれ国王に献上された木柱との事

ここまたがっつり分単位で事が行われちゃってますね

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チャイヤプルック(和名:胡蝶センナ)という木から作れらており、土台及び頂点には蓮の花文様が彫られています

ここのラックムアンは純白で本当に美しい

まさに県を代表する建物ですね

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 06 ナコムパトム県


県庁所在地にはなく少し外れた位置に中華風神社として存在します

一見するとラックムアンには見えませんが看板にはしっかりとうたわれています

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なぜかナコムパトム県人にも知られていないようで、一般的にサナームチャン宮殿内にあるとされていますが、実際にそれらしいものはありません

伝説では昔裁判所付近に建立されていたラックムアンは、洪水により流され行方不明になったとされています

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当時この界隈に住んでいた裕福な中国人が夢の中で、沈まずに川に浮いているラックムアンの姿を見ます

その後実際にその夢の場所を探ると見事流された柱を発見

その後彼の主導の元この地に新たにラックムアンとして建てられた、という伝説があるようです

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ま、信じるか信じないかはあなた次第ですが
( ・`ー・´) + キリッ





 00 まとめ


都市が変われば形も変わるラックムアンですが、その土地一番人気の参拝箇所になっているのは変わりなそうです

たかがお柱、されどお柱

機会があれば是非お柱様に会いに行ってみてください~



と言う訳で次回はバンコク西部編

誰も待ってはいませんが近々更新いたします
( ̄ー ̄)ニヤリ








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