誰かに聞かなきゃ分からない!だがなんて聞こう・・



『バンプーンコミュニティ』
チャオプラヤ川沿いトンブリ地区にあるこの集落は、かつてレンガの一大生産地であった

ところがレンガを焼く窯の光が大戦中に敵からの標的になり得るという理由により、政府より事業を中止させられ現在ではその面影はすっかりなくなってしまったと言う

そんな歴史を持つこの集落に、それよりさらに古い歴史を持つ『古の修道院』が残っていると言う

ワット・スワン・サワン

タイ人ですら見つける事が困難なこの遺跡は、今は街に溶け込みすぎるにも程がある状態で佇んでいると言う

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この遺跡へは車で辿り着くことは出来ない

と言うのもここは住宅街の最深部、バイク一台がようやく通れる小道の奥に存在しているからだ

そんな箇所にあるので当然のように、まるで場所が分からない


―ワットスワンサワンハ、ドコデスカ?

オกGin〒mD*วナอักおb3▽キ+oオkクN

は?


こんな不毛なやり取りを通りがかり地元民の方と繰り広げる事数回

ようやくたどり着きましたよ
 ε=( ̄。 ̄;)フゥ

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さてこの遺跡

アユタヤ王朝後期に建立されたと推測されており、屋根の高いレンガ造はその壁自体が躯体を支える形になっている

にしても本気でやけに住宅に溶け込んでいますな

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中の雰囲気も超いい感じ

薄暗く歴史を感じその光景は、僕の様な遺跡マニアの鼻孔をくすぐりまくる
 ε-(>.<;;クシュン!!

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そして中央にどしんと鎮座するは『ルアン・ポー・ダム』さん

落ち着いたマラの姿勢でくしゃみの止まらない僕を静かに見つめて下さっている

尚、このポー・ダムさんはその昔は金箔が貼られていたとされているが、今ではほぼ剥がされて黒い肌が露出しまくっている

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建物内部の一部には蓮の花びらを模した凹型の穴

ここに仏像が入るのがアユタヤ王朝後期にみられた風習
これがここがその時期に建立されたと推測する根拠なのだとか

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また入り口にも同様のアユタヤ王朝後期式スタッコ装飾

そんな装飾が鳥の糞で汚れない様、ガードが施されていた


・・いやこれは、バイクが汚れないためですかね

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建屋の周りにはセマのアーチで結界が張られる

また危うく見逃すところだったが、さらに奥にプラーンの姿が

民家に切迫され全体図を撮る事すら難しいほどの接近戦になっていますな


しかし森の中に鬱蒼とあるプラーンもいいけど、こうして現代生活と古の風景が相まみえるのもいいもんですな

やっぱり遺跡って興味深いですわ♡

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『お、なんだか遺跡に興味が出っちゃった。僕も見に行ってみようかな♬』

と思ってしまった遺跡マニア予備軍の方は

―ワットスワンサワンハ、ドコデスカ?

のタイ語センテンスは覚えてから挑むようにしてくださいね
( ̄ー ̄)ニヤリ

 







その他&すべての写真はこちらより
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TEMPLE DATA

Wat Suaansawan
วัดสวนสวรรค์
 
参拝時間 : 地域住民さん次第
参拝料金 : 無料
電話   : +66861270687
H.P.    : -




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