バンコク最古の中華神社?
およそタイらしからぬ風景が広がるバンコクヤワラート地区の中華街
古来に渡泰した貿易商の中華民により発展していたこの地域は、彼らの文化を存分に反映させた雰囲気となっている
その文化はここに点在する神社にも大きく影響を及ぼす
街角に突如現れるど派手な装飾の中華神社はよもや興味の対象でしかありませんな
( ・`ー・´) + キリッ
と言う訳でヤワラートの中華神社をとことん堪能するこのシリーズ
今回はかなり古の神社へ訪問する事にしよう!

ここはSoi Yaowarat 6(Israanupap Alley)と言う路地の中から入る
この路地はかつて大規模な野菜市場だったのだが、現在はパークロン花市場へ移動し数店が残るコミュニティーとなっている
それがまたいかにも中華街って感じのところなのね
入口からして雰囲気ありますわよ、ここ
(・∀・)つ



さてという事でじっくり見ていくとしましょうかね
中央アユタヤ時代に渡来した潮州人によって建てられたとされるこの寺院の内部には、潮州の中国美術が満載となっている
この神社には中国語で1788年建立と書かれた碑文があるようでそれが本当ならバンコク最古の中華神社となるらしい
だがこれは後に誰かに持ち込まれたんじゃね?説が濃厚で、実際の詳細な建立時期はよく分かっていないという
尚、この神社は多くの王族的な方も訪れ、元首相も参拝するような何気に権威ある神社なそうな


ラマ5世の治世に授けられた香炉とされる香炉が正面に祀られる
無造作に置いてあるように見えて、そこそこ価値のあるモノとの事
誰も見ていないことだし・・
( ̄ー ̄)
いやいや異国で捕まったら洒落になりませんね

ここでは「胡」または「九紀」と呼ばれる赤い布に自分の名を書き、香炉が置かれているテーブルの脚に結び付けるというなんとも変わった方法で祈願するとの事
いつもなら赤布がぐるぐる巻きなのに・・
この日はどうやら撤去されっちゃった直後のようでした・・
(´・ω・`)


中央の方がここの主役神、龍尾聖王夫人
明王朝を開祖した朱元璋に仕えていた方らしく、風水を駆使し明王朝の主要都市の場所と時期を占っていたのだとか
晩年は高貴だった身分を捨て道教の修行に熱を入れる
その際は髪を剃り物乞いのような汚い服を着て、各地を渡り説法を広めたのだとか
死後は台湾旗山区に遺体を埋葬しそこに神社を建てLeng Bui Eaと名付けるようにとの彼の遺言
その後その思想は海を渡りこのタイでも同じ神社が作られたという
・・と、色々駆使して調査した意訳がこんな感じ
と思うのですが正直よく分かりませんでした
*_ _)ペコリ

右側には九天玄女神
この女神は皇帝の娘でこの像では淮光淮馬という子供を従えている
本来は女性なのに『戦術と平方を司る上古の女神』とされ、いわゆる戦いの神なのだがここでは一転『子育ての神』
女性ならでは神様になっておられるんだね
(・∀・)つ
彼女を崇拝する事で子育てが順調に行くようなので、子育てにお悩みのそこの奥さん
必訪ですよ
( ・`ー・´) + キリッ

本を読む関羽神
三国志でおなじみの関羽神はよもや中華寺院ではお馴染みの神様
道教における彼の神号は『協天大帝関聖帝君』
協天大帝って書いてあったら関羽の事らしいですよ
(・∀・)つ

古代漢字で明代皇帝時代に書かれた光緒帝の碑文
漢字の成り立ちですな
(・∀・)
僕たち日本人なら同じ漢字も中国語か否かの判別は容易だが、タイ人には分かるのかしらね?

さりげなくぶら下がるは明王朝時代の古代の鐘
刻まれている陳泰志という名前はこの神社に祀られる偉人の一人だそう



色々な神様が祀られる中華神社はひも解くと本当に興味深いものばかり
貴女も次に中華街を訪れた際には、流し見せずじっくりと堪能されてみては?
・・そう、この記事と共に
( ・`ー・´) + キリッ
中華街神社、現在制覇中!
(/´>▽<)o レッツゴー♪
その他&すべての写真はこちらより
↓ ↓ ↓

参拝時間 : 7:00-17:00
参拝料金 : 無料
電話 : -
H.P. :
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およそタイらしからぬ風景が広がるバンコクヤワラート地区の中華街
古来に渡泰した貿易商の中華民により発展していたこの地域は、彼らの文化を存分に反映させた雰囲気となっている
その文化はここに点在する神社にも大きく影響を及ぼす
街角に突如現れるど派手な装飾の中華神社はよもや興味の対象でしかありませんな
( ・`ー・´) + キリッ
と言う訳でヤワラートの中華神社をとことん堪能するこのシリーズ
今回はかなり古の神社へ訪問する事にしよう!

ここはSoi Yaowarat 6(Israanupap Alley)と言う路地の中から入る
この路地はかつて大規模な野菜市場だったのだが、現在はパークロン花市場へ移動し数店が残るコミュニティーとなっている
それがまたいかにも中華街って感じのところなのね
入口からして雰囲気ありますわよ、ここ
(・∀・)つ



さてという事でじっくり見ていくとしましょうかね
神社の概要
中央アユタヤ時代に渡来した潮州人によって建てられたとされるこの寺院の内部には、潮州の中国美術が満載となっている
この神社には中国語で1788年建立と書かれた碑文があるようでそれが本当ならバンコク最古の中華神社となるらしい
だがこれは後に誰かに持ち込まれたんじゃね?説が濃厚で、実際の詳細な建立時期はよく分かっていないという
尚、この神社は多くの王族的な方も訪れ、元首相も参拝するような何気に権威ある神社なそうな


古の香炉
ラマ5世の治世に授けられた香炉とされる香炉が正面に祀られる
無造作に置いてあるように見えて、そこそこ価値のあるモノとの事
誰も見ていないことだし・・
( ̄ー ̄)
いやいや異国で捕まったら洒落になりませんね

ここでは「胡」または「九紀」と呼ばれる赤い布に自分の名を書き、香炉が置かれているテーブルの脚に結び付けるというなんとも変わった方法で祈願するとの事
いつもなら赤布がぐるぐる巻きなのに・・
この日はどうやら撤去されっちゃった直後のようでした・・
(´・ω・`)


レン・ブア・イー神
中央の方がここの主役神、龍尾聖王夫人
明王朝を開祖した朱元璋に仕えていた方らしく、風水を駆使し明王朝の主要都市の場所と時期を占っていたのだとか
晩年は高貴だった身分を捨て道教の修行に熱を入れる
その際は髪を剃り物乞いのような汚い服を着て、各地を渡り説法を広めたのだとか
死後は台湾旗山区に遺体を埋葬しそこに神社を建てLeng Bui Eaと名付けるようにとの彼の遺言
その後その思想は海を渡りこのタイでも同じ神社が作られたという
・・と、色々駆使して調査した意訳がこんな感じ
と思うのですが正直よく分かりませんでした
*_ _)ペコリ

右側には九天玄女神
この女神は皇帝の娘でこの像では淮光淮馬という子供を従えている
本来は女性なのに『戦術と平方を司る上古の女神』とされ、いわゆる戦いの神なのだがここでは一転『子育ての神』
女性ならでは神様になっておられるんだね
(・∀・)つ
彼女を崇拝する事で子育てが順調に行くようなので、子育てにお悩みのそこの奥さん
必訪ですよ
( ・`ー・´) + キリッ

本を読む関羽神
三国志でおなじみの関羽神はよもや中華寺院ではお馴染みの神様
道教における彼の神号は『協天大帝関聖帝君』
協天大帝って書いてあったら関羽の事らしいですよ
(・∀・)つ

神社内の装飾
古代漢字で明代皇帝時代に書かれた光緒帝の碑文
漢字の成り立ちですな
(・∀・)
僕たち日本人なら同じ漢字も中国語か否かの判別は容易だが、タイ人には分かるのかしらね?

さりげなくぶら下がるは明王朝時代の古代の鐘
刻まれている陳泰志という名前はこの神社に祀られる偉人の一人だそう

漆喰で出来た中華芸術も見事の一言
また龍が巻き付く神社柱も必見の模様となっている


まとめ
色々な神様が祀られる中華神社はひも解くと本当に興味深いものばかり
貴女も次に中華街を訪れた際には、流し見せずじっくりと堪能されてみては?
・・そう、この記事と共に
( ・`ー・´) + キリッ
Temple Data
中華街神社、現在制覇中!
(/´>▽<)o レッツゴー♪
その他&すべての写真はこちらより
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LENG BUAY EA SHRINE
ศาลเจ้าเล่งบ๊วยเอี๊ยะ
参拝時間 : 7:00-17:00
参拝料金 : 無料
電話 : -
H.P. :
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